モートン フェルドマン。 あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(1)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(1)

モートン フェルドマン

彼はある意味きわめて雄弁な作曲家だったと言えるだろう。 出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊) 20世紀西洋人名事典について の解説. だが、実際には既に多くの研究書や論文が刊行されており、楽曲分析にはピッチクラス理論などの分析手法が用いられている。 , April 7, 1986• ロシア、アメリカ、アメリカ、ロシア。 com. Weatherings 1978年• 1950年代から1960年代にかけてのケージのピアノ作品に欠かせない存在であるチュードアをケージに引き合わせたのは他でもなくフェルドマンだった。 この石と砂、幾ばくかのコケから成り立った単純な庭。

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MORTON FELDMAN / For Philip Guston (4CD)

モートン フェルドマン

筆者:高橋智子 次の一節は1951年にジョン・ケージがモートン・フェルドマンの音楽について語った「何かについてのレクチャー Lecture on something」からの抜粋である。 両親は子供の頃にニューヨークに移住したロシア系ユダヤ人。 ジョン・アダムズ近年の協奏曲のような作品でさえも、それはいっこうに変わらない。 もちろん、この変化の様子は当時のフェルドマンが暮らした環境、出会った人物、夢中になっていたものなどと深く関わっている。 伝説の Cometa ライブラリの最もクールなアルバムの1つ。 だが、なぜ「」 1985 冒頭のC とDの連打がフェルドマンの音楽として響くのか、その根拠は実のところよくわからない。 2019年10月20日閲覧。

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MORTON FELDMAN / For Philip Guston (4CD)

モートン フェルドマン

その他、完全なリストがこのHPに掲載されています。 1960年代はクラシック音楽における実験音楽が盛んで、声楽のジャンルでも、作曲家たちが熱心に声の使い方の実験的な再構築を行いました。 Ensemble。 これらはいずれも、諸々の電子楽器・機材をループ状に組み合わせることによって、外部の音源を用いずにエレクトロニック・フィードバックだけで音を発生させる、いわゆる形式の作品だった。 ヴァレーズただ一人が、このような優雅さ、物理的な実体、音楽が作曲されるというより、むしろ人類について書き表している感覚を私たちに与えている。 なお、チューダーのリアライゼーションはピアノの蓋を開けて時間が経てば閉めるというものだった。 アメリカ・ニューヨークから楽壇を変える「」の果敢な挑戦は、フェルドマンの死で事実上終わりを告げた。

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モートン・フェルドマン:バニータ・マーカスのために/高橋アキ

モートン フェルドマン

最後の「ピアノ」もこれより後年の作品ほどの純度の高さは感じられないの ですが,響きについてもある種のなじみのよさを感じられるので,より聴きや すいと思われる方も少なくないでしょうし,晩年のフェルドマンの作品の世界 がこういったところから入っていったということも実感できて,フェルドマン 作品の理解の一助にもなるのではないかと思います。 全作品 [ ]• 梱包含め3辺の合計60cm以内 厚さ2cm。 Untitled 1972年• ウォルフがケージにプレゼントした『易経』英訳版が「」(1951)をはじめとする偶然性の音楽誕生の一役を担ったことはよく知られたエピソードである。 このアプローチについてチューダーはの影響を受けたと後に語っている。 誰がかって ? その人だ。 New World Records. この時期から世界的な知名度も上がり、大編成の「ピアノとオーケストラ 」のように大人数による表現の機会が増加する。

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モートン フェルドマンとは

モートン フェルドマン

趣味はでプロ顔負けに美味かったと伝えられる。 ボザ・マンションに集う芸術家、音楽家はコミュニティ形成にとどまらず、創作にとって実践的な影響をもたらし始めた。 フェルドマンの作品リストやネットで聴ける音源を紹介しているサイト 今回ご紹介した2つの作品、まずは高橋アキの演奏がお薦めです。 2019年12月22日閲覧。 長い 「間」を持たせつつ、この割り切れない数字を採用することで、聴き手に緊張感を持たせる効果を持たせているのかもしれません。

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モートン・フェルドマン

モートン フェルドマン

Tracklist [ I ] 1-1. 演奏者は、楽譜上の音符の配置を、カウントによって再現するだけでなく、それぞれの 間・呼吸を吟味し、なぜそこに音が配置されなければならないか理解するのが理想でしょう。 モートン・フェルドマン(16~16)とは、のうちに属するであり、や・などので不確定性のや図形などを発表した人物である。 モートン・フェルドマンとマーク・ロスコとの交感がいつから始まったのか、ぼくはよく知らない。 例えば 波です。 フランク・オハラのために(1973年)• 巨大な業績の割りに音盤は散発的だったが、ピアニストとしてはhat[now]ART、電子音楽の作曲家としてはLovely Music, Ltd. また、フェルドマンはニューヨーク・スクールおよび抽象表現主義の美術家から創作のインスピレーションを得ていた。

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モートン・フェルドマン

モートン フェルドマン

それでは書くうえでの責任を果たすことには到底ならないが、だからこうして生きていられる、という気はする。 下野竜也の指揮は、愚直なまでの真摯さを貫いて、綿密に時間を継いでいく。 楽譜片手に真剣に聴くも良し。 2nd Buffalo Festival of the Arts Today 1968年• 1度でもフェルドマンの作品を聴いたことがある方であれば,その特色は明 快に理解できると思いますが,特に晩年の作品になるとポツン・・・ポツン・ ・・と平均すると1秒に1つにもならないくらいのテンポで単音や和音が鳴ら されるだけの,旋律の流れとかリズム感などの要素が押さえられた独自なもの で,聴き方によっては退屈きわまりない音楽にも思えるのでしょうが,その瞬 間瞬間に鳴り響いている毅然とした存在感と静寂感,余韻を引きながら次の音 に受け渡されるときのいいようもない美しさ,そしてストイックようでいて実 は非常にナイーヴな作品であることなど,ひとたび作品の魅力に開眼すると, これは非常にユニークな魅力を持った作品と思えるのではないでしょうか。 ケージとフェルドマンを中心に、ボザ・マンションのコミュニティは徐々に音楽版のニューヨーク・スクール結成の機運を高めていく。

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